「陰鬱」で「ノイズまみれ」で「プログレ」だが「美」を感じる事ができる作品。ナイン・インチ・ネイルズ(Nine Inch Nails)はインダストリアル的な冷たさと無機質さも持っているが多くの曲でリスナーの感情に訴えかける音の絡みやボーカルラインが存在する。
「ノイズ」や「ヘヴィリフ」が鳴っている時間や頻度は他のヘヴィ系バンドに比べると少ないと思われるが、ナイン・インチ・ネイルズ(Nine Inch Nails)の音楽は破壊的であるという印象をもつ。なぜ?!そのような印象を持つのかというとそれは1つ1つのフレージングが実に「過剰」だからである。
「1 Mr. Self Destruct」で聴けるリスナーの聴覚を狂わせるような「ノイズにノイズにノイズを重ねた」ノイズなどが最も分かりやすい例だと思える。「過剰なノイズ」が鳴り響いた後の静けさは「過剰」である。ぶっ飛んだ音で「狂気」と「静けさ」を表現する。それがトレント・レズナー(vo)というアーティストだと思う。
「曲解説」
1 Mr. Self Destruct
タイトルの和訳は「ミスター自己破壊」で本作の凶暴さを詰め込んだようなオープニングナンバー。銃の発砲音と男の「フッ、フッ」という声が繰り返されるSEではじまり「螺旋階段を思わせる渦巻き」のようなノイズが終始鳴り響く(1:40〜)ノイズにノイズを重ねて歪ませたような「壮絶」という言葉がピッタリのサウンドがこれまで以上の激しさでリスナーの耳を刺激するが、突如として「暗い迷路に迷い込んだ」ようなダークな静寂がおとずれる(2:43〜)静寂の中に金属的なノイズがうごめき破壊的な展開を予感させる。その後はノイズにノイズにノイズを重ね合わせてリスナーから耳の感覚を奪うような「ノイズの海」が鳴り響く。そして最後は「電気ネズミ」のように動きまくるノイズが鳴り響き曲は終わる。
2 Piggy
シンプルなリズムとトレント・レズナー(vo)の語りのようなボーカルラインを中心に進行。薄いベールのようなシンセ音と「遠くのほうで炎のように燃え上がる」不穏なノイズが神聖な雰囲気を醸し出す(3:05〜)「突如、何かが壊れた」かのようにリズムがひどく狂いはじめ(3:22〜)ぶっ壊れたリズムの上を「暗闇を照らす僅かな光」のような電子音が淡い旋律を奏でる。しっとりダークな雰囲気の曲で破壊的な音は一切入っていないのだが、曲が終わる頃には激しい音楽を聴いたような錯覚を味わえる。
3 Heresy
浮遊感のあるミニマムテクノのようなフレーズで幕をあけ、そこにホラーテイストのボーカルが不穏なボーカルラインを奏でる(0:50〜)強烈に歪んだ絶叫と共にノイズが鳴り響きラウドな音に切り替わる。金属的でヘヴィな音に支配される凶暴な曲でトレント・レズナー(vo)も度々絶叫するのだがボーカルラインはしっかりと耳に残っている。
4 March Of The Pigs
「行進」を思わせる規則正しいビートがインダストリアル。鬼気迫る絶叫とエフェクトを掛けた声で歌われる「早口の呪文」のようなボーカルラインがインパクト大。早口の呪文歌唱は日本ではhide(X JAPAN(エックスジャパン)に引き継がれている(1:15〜)四つ打ちのリズムとホラーテイストの不穏なシンセが鳴り響く中で唐突、現れる美しいピアノに意表をつかれる(1:25〜)一瞬のブレイクした後、インダストリアルノイズが鳴り響き暴走をはじめる。ノイズと絶叫で全てを破壊し尽くした後にまたしても美しいピアノが現れる。最後はこれまでの絶叫が嘘のようなメランコリックで美しいボーカルラインで締めくくられる。
7 The Becoming
インダストリアル加工されたオリエンタルなテクノポップというイメージ。分厚いベースラインが曲に立体感を与える(2:24〜)鬼気迫るエモーショナルな絶叫が空気を切り裂く(2:46〜) 突如、軽快なアコギフレーズが鳴り牧歌的な雰囲気になる。このままアコースティックな展開が続くかとと思った矢先(3:35〜)「目的地を見失ったタイムマシン」のようにトラブルった電子音が鼓膜を刺激(4:04〜)ゴリっとしたソリッドなリフとヒステリーなボーカルが狂気を演出。その後、再び軽快なアコギフレーズが鳴り牧歌的な雰囲気に戻ると最後は「電子の海」のような柔らかいノイズにつつまれ終わる。
8 I Do Not Want This
冷徹で規則正しいインダストリアルビートの上を耽美的で終幕感のあるピアノ旋律が舞い踊る冒頭(1:04〜)コーン(Korn)と共振するようなヘヴィなリフが登場。そして、その上にまくしたてるようなトレント・レズナー(vo)のボーカルが乗る。美しい旋律とそれを切り裂く破壊的なサウンドがタペストリーのように絡み合う曲(3:35〜)リスナーの脳みそごと吹き飛ばすかのような強烈なノイズが鳴り響き、その後は実験的な歪みとトレント・レズナー(vo)のシャウトによってカオスの様相を呈する。
10 A Warm Place
スティーヴ・ライヒのようなミニマムな音響と「深海」のようなディープな電子音だけで構成された曲。これまでの過剰でノイズまみれの展開が嘘のように透明に輝くクリスタルのようなテクスチャーがある。この曲の有無でアルバム全体の印象は大きく変わったと思われる。色んな意味で救いの1曲。
14 Hurt
透明なアルペジオと空間を震わせる薄いノイズをバックにトレント・レズナー(vo)が美しくエモーショナルなボーカルラインを歌い上げる(3:45〜) エレクトリックで原始的な太いリズムが曲に躍動感を与え(4:30〜) 強烈に歪んだギターサウンドが一瞬だけ鳴り響き曲は激変する。そのギターサウンドはその後不穏なノイズに姿を変え曲を最後まで支配し続ける。アルバム最後の曲だから美しいバラードだろうというリスナーの期待を良い意味で裏切る曲。